貨幣供給を考える上で、マネタリーベースとマネーストックの違いを理解することが重要です。それがなければ、金融政策(買いオペ、準備率操作、公定歩合など)を理解することはできません。ただ、教科書だけではマネタリーベースやマネーストックを理解するのは難しいため、図解を使った簡単な説明が必要です。
目次
マネタリーベースとマネーストックの違いを簡単に説明
経済学初心者がマネタリーベースとマネーストックの違いについて、深く考えると難しいです。そこで最初は全体像を捉えるために、以下の図で理解しましょう。
マネタリーベースとマネーストックの違いは上図だけで説明ができます。日本銀行が民間銀行にマネタリーベースを供給します。さらに民間銀行は経済全体(企業・民間人)に供給するのがマネーストックというのがザックリな説明です。
我々が無意識に使用しているお金は「日銀→民間銀行→我々」という2段階があることを理解しましょう。これが基本になります。
信用乗数とマネタリーベース・マネーストックの関係
上記のように2段階の仕組みがあるため、マネタリーベース(上流)を調整すればマネーストック(下流)をある程度、調整できるようになっています。
つまりマネタリーベースを増加させると、マネーストックは増加します。逆にマネタリーベースを減少させるとマネーストックは減少します。
この理論で考えると、マネタリーベースを1,000万円増やすと、マネーストックは1,000万円増えると思うはずです。しかしマネーストックは1,000万円のマネタリーベースに対して何倍にも増えます。これは民間銀行が企業等に融資を行うために起こる現象です。
例えば中央銀行が民間のX銀行に1,000万円の現金(マネタリーベース)を供給したとき、X銀行は企業Aに1,000万円以上の融資が可能です。なぜなら、企業Aの口座に2,000万円でも3,000万円でも書き込むだけで良いからです。
実際のところ、融資された企業Aは現金として全額引き出すことはしません。また企業Bと取引をしても口座上の数字の増減だけであり、現金を出す機会は少ないです。これによって実在する現金以上の融資が可能になります。
ただ融資しすぎると首が回らなくなるため、限度はあります。その適正な範囲で民間銀行が融資を調節しています。民間銀行は融資によってマネーストックを増やすことができるのです。これを信用創造といいます。
またマネーストックがマネタリーベースの何倍になるかを表した数値を信用乗数(貨幣乗数)と言います。図にすると以下のようになります。
つまり信用乗数を計算したいとき「マネーストック÷マネタリーベース」とすれば良いことが分かります。
ここまでをまとめると、日銀がマネタリーベースを調節し、民間銀行がマネーストックを調節することによって、企業や民間人の手元にある貨幣の量を調節することができるのです。
マネタリーベース(ハイパワードマネー)の内訳
続いて、マネタリーベースについて深掘りしていきましょう。マネタリーベースのイメージとしては世の中に存在する現金の総額がマネタリーベースと考えると簡単です。
もし世の中に100万円だけ現金が存在する場合、マネタリーベースは100万円です。つまり流通している紙幣と硬貨の額を合計すればマネタリーベースになるはずです。しかし実際には「日銀当座預金」をプラスして考えます。日銀当座預金とは民間銀行が日銀に預けている預金残高になります。
日本銀行のホームページを確認すると毎月のマネタリーベースが公開されています。以下は2022年11月の公表データになります。
この表から「マネタリーベース=日本銀行券発行高+貨幣流通高+日銀当座預金」という計算式が分かります。ここで、日銀当座預金がなぜマネタリーベースに加算されるか考えてみましょう。
まずあなたが100万円のうち、80万円を民間銀行に預金している状況を想定してみましょう。そうなると以下の図のようになります。
このように現金を民間銀行に預金すると、その一部は「準備金」という名前で日銀当座預金に預金される仕組みになっています。日本銀行が「銀行の銀行」と呼ばれる理由です。そのためマネタリーベースは流通貨幣(20+79万円)と日銀当座預金(1万円)の合計100万円になります。
つまり、我々の預金の一部が日銀当座預金に存在するため、これをマネタリーベースに加算して考えるというイメージが分かりやすいです。厳密に説明すると必ずしも「日銀当座預金=準備金」とはなりませんが、混乱を生じるので詳細は割愛します。
なお信用創造によって生み出されたお金はマネタリーベースには含まれません。図にすると以下のようになります。
民間銀行が79万円を原資にして500万円の融資をした場合、500万円はマネーストックに含まれることになりますが、これについては後述します。マネタリーベースとは実在するリアルマネーであり、信用創造する前のお金であることを理解しておきましょう。
ちなみにマネタリーベースは別名があり、「ハイパワードマネー」「ベースマネー」と呼ばれることがあります。
日本のマネタリーベースの推移
日本のマネタリーベースは2022年で約600兆円になります。また過去の推移をグラフにすると以下のようになります。
2013年頃からマネタリーベース が急増していることが読み取れます。これはアベノミクスにおける「異次元金融緩和」という方針によるものです。
これは「買いオペ」という操作によってマネタリーベースの内訳の中でも「日銀当座預金」を急増させたことによります。買いオペ・売りオペの説明は省略しますが、アベノミクスでマネタリーベースが急増したことは理解しておきましょう。
マネーストック(M1,M2,M3,広義流動性)の違い
マネーストックを簡単に説明すると、我々個人や企業が保有する通貨残高になります。「お金の総量」と表現されることもあります。前述した例を用いると、以下のようなイメージになります。
しかし、どこまでをマネー(通貨)として含めるかは定義によって異なります。例えば、普通預金以外にも定期預金、投資信託、ゆうちょ銀行、外貨預金など様々なマネーがあるからです。
どこまでを「マネー」として考えるか場合によって異なります。その結果、日銀のマネーストック統計の指標は4種類(M1,M2,M3,広義流動性)に分類されます。
これを確認するときも日銀ホームページを確認して見ましょう。以下は2022年11月に公表されたデータになります。
これだけでは、何を表現しているのか分からないため、それぞれの特徴や違いについて説明していきます。
M1:現金+預金+貯金
M1は最も単純なマネーストックの指標であり「現金通貨+預金+貯金」と計算されます。預金については信用創造によって作り出された預金も含まれますが、日銀当座預金はマネーストックにはカウントされません。なお日銀当座預金はM1~M3、広義流動性のいずれにも含まれないため注意が必要です。
ちなみに「預金と貯金」は預ける金融機関で異なります。ゆうちょ銀行、JAバンク(農協)、JFマリンバンク(漁協)などに預けると貯金と呼ばれ、それ以外の金融機関に預けると預金と呼ばれます。
また注意点として「マネーストックには金融部門が保有する現金は含まれない」のが一般的です。具体的には銀行や証券会社の保有分は除外されます。
例えば、銀行が利子などによって1,000万円の利益を生み出し、現金として保有していたとします。これはマネーストックには含まれません。これ(M1)を図にすると以下のようになります。
マネーストックはあくまでも、我々個人・企業が保有している通貨残高であるため、銀行が保有している通貨は除外されます。しかしながら、現金や預金であればマネタリーベースには含まれます。
中小企業診断士やFP試験ではひっかけ問題として出題されやすいので気をつけましょう。
M2:現金+定期預金+外貨預金
M2の計算式には準通貨という項目がありますが、これは定期預金のように解約することでいつでも現金になる資産を意味します。つまりM1には定期預金は含まれず、M2に含まれていることになります。また譲渡性預金(CD)とは他人に譲渡できる定期預金です。日本では企業が決済用に利用することが多いです。
ここで注意しなければいけないのが、M2には「貯金」は含まれないことです。また外貨預金はM2に含まれます。イラストで表すと以下のようになります。
M3:M2+貯金
M2では貯金が除外されていましたが、これをマネーストックに含めたものがM3になります。イラストでは以下のようになります。
なおマネーストックといえば一般的にはM3を指すことが多いです。M3に国債や債権、投資信託等を加えたものを「広義流動性」と呼びます。
なお株や不動産は含まれません。これ以上は内容が細かくなるため省略します。詳細を知りたい場合は日銀ホームページ(マネーストック統計の解説)をご確認ください。
日本のマネーストックの推移
日本のマネーストック(M3)の推移をグラフにしてみると綺麗な右肩上がりになっていることが分かります。
マネタリーベースが増えるとマネーストックも一緒に増える傾向がありますが、必ずしも相関関係があるとは限りません。これらを変化させる要因として3つの金融政策があります。
- 公開市場操作
- 公定歩合操作
- 準備率操作
しかしこれら以外にも様々な要因によってマネーストックは変化するため、マネタリーベースとマネーストックの関係を説明するのは難しい問題です。