法律上のトラブルといえば契約違反を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、実は「契約がなくても人に損害を与えたら責任を負う」ことがあります。それが「不法行為(ふほうこうい)」と呼ばれる考え方です。

不法行為とは、故意や過失によって他人の権利や利益を侵害した場合に、加害者が損害賠償責任を負うことを意味します。損害が財産に限らず、身体・自由・名誉といった無形の権利であっても、責任が発生します。

たとえば、誰かの不注意でケガをさせられたり、SNSで事実と異なる中傷を受けて名誉を傷つけられたりした場合も、不法行為が成立すれば損害賠償を請求することができます。被害者が亡くなった場合には、慰謝料請求権がその相続人に引き継がれることもあります。

不法行為が成立するための5つの要件

不法行為は「過失責任主義」に基づいており、単に損害が生じただけでは責任は認められません。成立するためには、次の5つの要件をすべて満たす必要があります。

  • ① 損害の発生
     被害者に財産的または精神的な損害が実際に発生していることが必要です。損害がなければ、不法行為は成立しません。

  • ② 故意または過失の存在
     加害者に、故意(わざと)または過失(うっかり)のいずれかがあることが求められます。不可抗力による損害(避けようのない事態)であれば、責任は問われません。

  • ③ 責任能力の有無
     加害者に、自分の行為が社会的にどのような結果をもたらすかを判断できる能力があることが必要です。一般的には、およそ12歳前後から責任能力があるとされています。

  • ④ 違法性のある行為
     行為が他人の権利や法的に保護される利益を侵害する違法なものである必要があります。ただし、正当防衛や緊急避難など、社会的にやむを得ない事情がある場合には違法性が否定され、不法行為にはなりません。

  • ⑤ 因果関係の存在
     加害者の行為と損害との間に「その行為がなければ損害は発生しなかった」と言えるだけの直接的な因果関係が必要です。

損害賠償の方法と「過失相殺」の考え方

不法行為によって生じた損害は、基本的には金銭で賠償されます。ただし、名誉毀損などの場合には、裁判所が名誉回復のために適切な処分を命じることもあります。

また、不法行為の発生について被害者側にも不注意があった場合は、「過失相殺(かしつそうさい)」という考え方が適用されます。たとえば、加害者に70%、被害者に30%の過失があると認められた場合、損害賠償額は70%に減額されます。

宅建試験では、不法行為における過失相殺は「任意的」である、つまり裁判所が判断して行うものであって必ず適用されるとは限らないという点がポイントになります。

不法行為の損害賠償請求には「期限」がある

不法行為による損害賠償請求は、無制限にできるわけではなく、「時効」によって制限されています。一般的には、被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知ったときから3年以内、または行為が行われたときから20年以内に請求しなければなりません。

さらに、生命や身体を害するような不法行為(たとえば暴行や事故など)の場合は、時効の短い方が5年に延びています。被害者の保護を強めるための特別ルールといえます。

この時効期間は、同じく宅建で出題されやすい「債務不履行(契約違反)」の時効期間と似ているので、合わせて覚えると整理しやすくなります。

特殊不法行為とは?―本人じゃなくても責任を負うケースに要注意

交通事故や名誉毀損など、加害者が自分で他人に損害を与えた場合、その加害者本人が責任を負うのが基本です。これを「一般的不法行為」といいます。しかし、世の中には加害者本人でなくても損害賠償責任を負わなければならないケースが存在します。それが「特殊不法行為」と呼ばれるものです。

この特殊不法行為は、宅建試験でも非常に出題頻度が高く、特に「使用者責任」「工作物責任」は定番テーマです。この記事では、そのしくみをわかりやすく解説します。

責任能力がない者の代わりに責任を負う「監督義務者の責任」

まず押さえておきたいのは、加害者が子どもなどで法律上の責任能力がない場合です。このような「責任無能力者」は、自分では損害賠償責任を負いません。その代わりに責任を負うのが、その人の親などの「監督義務者」です。

たとえば、小学生の子どもが友だちの物を壊したとします。この場合、子ども自身ではなく、保護者が損害を賠償することになります。これは社会的な常識にも合致するしくみで、宅建試験でも基本として問われます。

宅建で重要!「使用者責任」

特殊不法行為の中でも、特に宅建試験でよく出るのが「使用者責任」です。これは、事業主(会社など)が、従業員(被用者)の行為によって生じた損害に対して責任を負うという制度です。

たとえば、会社の社員が営業中に社用車で交通事故を起こしてしまった場合、たとえ会社の指示で事故を起こしたわけでなくても、会社が損害賠償責任を負うことがあります。このとき、被害者は社員本人にも会社にも請求できるのが特徴です。

ただし、会社が常に無制限に責任を負うわけではありません。たとえば、社員が業務と無関係の私用中に事故を起こしたような場合は、会社の責任は問われにくくなります。

また、会社は社員に対して、支払った賠償金の一部を求める(これを「求償」といいます)ことができますが、これは信義則に反しない範囲、つまり社会的に見て「それくらいは負担してもらって当然」と認められる限度でしか請求できません。全額請求できるわけではないという点も試験で狙われやすいポイントです。

「注文者の責任」―請負との関係に注意

他人に仕事を頼む契約には、「請負(うけおい)」というものがあります。たとえば、家を建ててもらう場合などがこれに当たります。このとき、仕事を頼んだ人(注文者)は、通常は仕事中に起こった事故の責任を負いません。なぜなら、作業を実際に行うのは請負人であり、注文者とは独立した関係だからです。

しかし、注文者が無理な仕様を要求したり、危険な条件を提示したりして事故が起きた場合には、注文者にも過失があったとされ、損害賠償責任を負うことがあります

「工作物責任」―建物や土地が原因の事故に注意

土地や建物の一部が原因で事故が起きた場合に問題となるのが「工作物責任」です。たとえば、屋根の瓦が落ちて通行人にケガをさせたような場合です。

このとき、まずはその工作物(建物など)を実際に管理している「占有者」が責任を負います。ただし、この占有者には「過失」があることが前提です。たとえば、屋根の点検を怠っていたなどの場合がこれにあたります。

一方、占有者に過失がなかった場合でも、所有者が「無過失責任」を負うことになります。つまり、「過失がなくても責任を取らなければならない」仕組みです。

この制度では、事故の被害者をしっかり保護する一方、占有者が損害賠償をした場合は所有者に求償することができるという点もセットで覚えておくとよいでしょう。

数人でやったら「連帯責任」―共同行為者の扱い

複数人が一緒になって不法行為をした場合は、それぞれが「連帯して損害賠償責任を負う」とされています。これを「共同不法行為」といい、行為を直接行っていない「教唆者」や「幇助者」も共同行為者とみなされ、同じく責任を負います。

たとえば、ある人物が他人をそそのかして嫌がらせをさせた場合、そのそそのかした人(教唆者)も加害者と同じように責任を負うのです。

事務管理と不当利得とは?―頼まれていないのに人のために動いたら…

民法では、契約がないにもかかわらず、ある行為をきっかけに権利や義務が生じる場面があります。その代表的なものが「不法行為」ですが、実はそれ以外にも「事務管理」と「不当利得」という仕組みがあります。どちらも宅建試験で問われやすく、身近な生活にも関係する制度です。

事務管理とは、他人から頼まれたわけでもないのに、善意で他人のために何かをしてあげた場合に生じる法的関係のことをいいます。

たとえば、旅行中の隣人がうっかり窓を開けっぱなしで出かけたときに、雨が降ってきたのを見て、あなたが勝手に窓を閉めてあげたとしましょう。これが「事務管理」にあたります。このとき、あなたはその隣人と契約をしているわけではありませんが、一度“管理”を始めた以上、民法上いくつかの義務が発生します

具体的には、管理者はその事務の性質に従い、最も本人の利益に適する方法で行動しなければなりません。また、本人の意思を知っている場合は、それに反する行為をしてはならず、速やかに本人に連絡を取り、管理が可能になるまで継続して責任を持つ必要があります。

緊急事務管理の場合の保護

「緊急事務管理」とは、本人が倒れていたり、火事や災害などで即時対応が必要なときに行う管理です。このような場合、管理者に悪意や重大な過失がない限り、損害賠償責任を負わないとされます。つまり、たとえ結果的にうまくいかなかったとしても、善意で行動した場合には法律で保護されるのです。

委任契約との違い

事務管理は、「頼まれていない行為」という点で委任契約と異なります。ただし、民法では一部において委任契約に関する規定が準用されています。たとえば、報告義務(受任者による報告義務)は事務管理にも適用されますが、費用の前払い請求権や報酬請求権は準用されません。

費用の償還請求

そのため、管理者は報酬を請求することはできません。ただし、本人のために有益な費用を支出した場合は、その費用を請求することができます。たとえば、家の窓を閉めるために修理業者を呼んで費用を立て替えた場合、その費用は請求できます。本人の意思に反して管理を行った場合でも、実際に本人に利益があった部分については請求可能です。

不当利得とは?―理由もなく得をしたら返さなければならない

一方で、不当利得とは、法律的な理由がないのに他人の財産や労務を受け取って利益を得てしまった場合、その利益を返還する義務が生じるという考え方です。

たとえば、AさんがBさんに預けていた絵画を、Bさんが勝手に第三者に売ってしまい、利益を得たようなケースです。このような場合、Bさんはその利益をAさんに返還しなければなりません。契約がなくても、法律上の公平を保つために「もらい得」は許されないという発想です。

善意か悪意かで返還義務の範囲が異なる

不当利得では、「受益者が善意だったか悪意だったか」で返還義務の範囲が変わります。

  • 善意の受益者(利益を受けたことに気づいていなかった人)は、現に利益が残っている分だけ返せばよいとされています(現存利益主義)。

  • 悪意の受益者(利益を受けたことをわかっていた人)は、受け取った利益に利息を付けて全額返還しなければならず、さらに他人に損害を与えた場合には損害賠償責任も負います。

不法原因給付には注意

ただし、違法な目的のもとで行われた金銭のやりとり(たとえば賭博など)については、たとえ法律上の原因がなくても「不法原因給付」として、原則として返還を請求することができません。これは、違法な行為に手を染めた者同士が法の保護を受けることができないという趣旨です。